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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)817号 判決 1984年4月24日

上告人

天本カヅ

上告人

天本絢子

上告人

天本祐世

右三名訴訟代理人

徳永弘志

被上告人

天本和宏

右訴訟代理人

秋守勝

主文

原判決及び第一審判決中、別紙第一物件目録及び第二物件目録記載の各不動産に関する部分を次のとおり変更する。

上告人天本カヅは、被上告人に対し、別紙第一物件目録記載の各不動産につき、長崎地方法務局昭和四〇年七月二三日受付第二〇八七三号をもつてされた所有権移転登記を、被上告人の持分を五分の一、上告人天本カヅの持分を五分の四とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

上告人天本祐世及び上告人天本絢子は、被上告人に対し、別紙第一物件目録(一)、(三)ないし(六)記載の各不動産につき、長崎地方法務局昭和四五年九月一七日受付第三三二四三号をもつてされた所有権移転請求権仮登記を、上告人天本祐世及び上告人天本絢子の持分を各五分の二とする上告人天本カヅ持分全部移転請求権仮登記に更正登記手続をせよ。

上告人天本祐世は、被上告人に対し、別紙第二物件目録記載の各不動産につき、長崎地方法務局昭和四〇年七月二三日受付第二〇八七四号をもつてされた所有権移転登記を、被上告人の持分を五分の一、上告人天本祐世の持分を五分の四とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

被上告人のその余の請求を棄却する。

訴訟の総費用は、これを五分し、その一を上告人らの、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告代理人和智龍一、同徳永弘志の上告理由について

原審の適法に確定した事実によれば、訴外天本美徳は、昭和三六年一二月二三日に本件公正証書遺言によつて被上告人、上告人天本カヅ、同天本祐世、訴外天本愛晃及び田中九王(以下「被上告人外四名」という。)に対し別紙第一物件目録及び第二物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。なお、個々の不動産については、「本件第一、(一)の不動産」というようにいう。)を遣贈し、昭和三九年一〇月二七日に死亡したというのである。そうすると、本件不動産は、天本美徳の右死亡により被上告人外四名が平等の割合(各五分の一)によつてこれを取得し、その共有に帰したものというべきであつて、天本美徳の遺産の範囲には属しないから、本件不動産が天本美徳の違産の範囲に属することを前提として遺産分割の協議をしても、右協議はその効力を生じないものといわなければならない。したがつて、所論遺産分割協議はその効力を生じないものとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、結局、原判決に及ぼさない法令違反をいうに帰し、採用することができない。

ところで、職権をもつて調査するに、原判決は、被上告人外四名が右の遺贈により本件不動産につきそれぞれ五分の一の持分を取得したことを理由に、被上告人の上告人天本カヅに対する本件第一の各不動産につき同上告人単独名義で経由された長崎地方法務局昭和四〇年七月二三日受付第二〇八七三号所有権移転登記の全部抹消登記手続請求について、同上告人に対し右所有権移転登記を被上告人外四名の持分を各五分の一とする所有権移転登記に更正登記手続をするよう命じ、また、被上告人の上告人天本祐世及び同天本絢子に対する本件第一、(一)、(三)ないし(六)の各不動産につき同上告人両名名義で経由された同法務局昭和四五年九月一七日受付第三三二四三号所有権移転請求権仮登記の全部抹消登記手続請求について、同上告人両名に対し右所有権移転請求権仮登記を同上告人両名の持分を各一〇分の一とする所有権移転請求権仮登記に更正登記手続をするよう命じ、更に、被上告人の上告人天本祐世に対する本件第二の各不動産につき同上告人単独名義で経由された同法務局昭和四〇年七月二三日受付第二〇八七四号所有権移転登記の全部抹消登記手続請求について、同上告人に対し右所有権移転登記を被上告人外四名の持分を各五分の一とする所有権移転登記に更正登記手続をするよう命じている。しかしながら、数名の者の共有に属する不動産につぎ共有者のうちの一部の者が勝手に自己名義で所有権移転登記又は所有権移転請求権仮登記を経由した場合に、共有者の一人がその共有持分に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため右の名義人に対し請求することができるのは、自己の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続であると解するのが相当であるから(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁、昭和三六年(オ)第三一五号同三九年一月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事七一号四九九頁、昭和四二年(オ)第三一六号同四四年五月二九日第一小法廷判決・裁判集民事九五号四二一頁参照)、被上告人の上告人天本カヅ及び同天本祐世に対する各所有権移転登記抹消登記手続請求は、いずれも被上告人の取得した五分の一の持分に関する部分の抹消を求める範囲において理由があるが、この範囲をこえて抹消を求める部分は理由がなく、本件第一の各不動産については被上告人の持分を五分の一、上告人天本カヅの持分を五分の四とする所有権移転登記に、本件第二の各不動産については被上告人の持分を五分の一、上告人天本祐世の持分を五分の四とする所有権移転登記にそれぞれ更正登記手続をするよう求める限度においてのみこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。また、原審の適法に確定した事実によれば、上告人天本祐世及び同天本絢子が本件第一、(一)(三)ないし(六)の各不動産につき経由した所有権移転請求権仮登記は、上告人天本カヅからの贈与予約を登記原因とするものであり、被上告人の持分に対して仮登記上の権利を取得したことについてはなんら主張立証がないから、被上告人の同上告人両名に対する所有権移転請求権仮登記抹消登記手続請求は、所有権移転請求権仮登記の被上告人の前示共有持分に関する部分の抹消を求める範囲において理由があるが、この範囲をこえて抹消を求める部分は理由がなく、同上告人両名の持分を各五分の二とする上告人天本カヅ持分全部移転請求権仮登記に更正登記手続をするよう求める限度においてのみこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、原判決及び第一審判決中、本件不動産に関する部分を右の趣旨に変更すべきものとし、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条一項、九六条、九二条、八九条、九三条を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡満彦)

第一物件目録

(一) 長崎市銅座町一四四番七(旧八〇番三)

宅地 40.59平方メートル

(二) 同所一四三番六(旧八一番七)

宅地 7.73平方メートル

(三) 同所一四四番五(旧八一番一一)

宅地1.88平方メートル

(四) 同所一四四番六(旧八一番五)

宅地 20.79平方メートル

(五) 同所一四四番一(旧八一番一)

宅地 89.52平方メートル

(六) 同所一四四番地一(旧八一番地)

家屋番号一四四番一(旧一三一番)

木造瓦葺二階建 店舗

床面積

一階 125.61平方メートル

二階 112.39平方メートル

第二物件目録

(一) 長崎市梅香崎町一〇番二

宅地 264.46平方メートル

(二) 同所一〇番地二

家屋番号五五番

木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建 映画劇場及び便所

床面積

一階 287.60平方メートル

二階 26.44平方メートル

(三) 同所一〇番地三

家屋番号三〇番八

木造瓦葺平家建 居宅

床面積38.51平方メートル

(四) 同所九番地一

家屋番号六四番

木造瓦葺二階建 店舗

床面積

一階 46.74平方メートル

二階 44.26平方メートル

上告代理人和智龍一、同徳永弘志の上告理由

第一点 原判決には民事訴訟法第三九四条に定める判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈を誤つた違法がある。

一 この上告理由書は、原審判決の専権に属する事実認定を非難しているのではない。

原審判決における分割協議書の法的効力の判定が、法令に違反し、且つ余りにも経験則に反するが故に原審判決を非難し且つそれは原審判決の結果に影響を及ぼすこと明らかなるが故に原審判決を破棄されるよう要求して上告に及んだ次第である。

二 第一点につき上告人の主張を要約すれば次のとおりである。

原審判決には、法令の解釈を誤つたか又は著しい経験則違反があり、破棄を免れない。

原審判決は、分割禁止遺言の存在を知らずして作成された分割協議書は無効のものとする。

しかし、学説判例によれば、分割禁止の遺言でも、その禁止の趣旨が相続人の利益に関するものである場合には、たとえ禁止期間内の協議であつても禁止遺言の存在の知、不知にかかわらず有効としており、これには異説のないところである。而してかく解してこそ、共同所有関係の早い解消を欲する民法の目的に沿うものだと説かれる。

若し仮りに、原審判決の如く禁止遺言の存在を知らずして協議をした場合(一般には知らずして協議する場合が殆んどで、分割禁止の遺言を知つて尚且つ禁止遺言を無視して分割協議する相続人が居たら、それは余程の横着ものといわざるを得まい。)には、この協議は凡て無効に帰するというならば、相続人の利益の為の禁止の場合の分割協議も遺言を知らなかつたことの一点の故をもつて凡て無効となり相続人等の合意を全く無視する結果となる。

このような結果を招来する原審判決の解釈は相続人間の分割の合意を尊重し、共同所有関係の早期解消をはかろうとする民法の理念に逆行するものである。

そもそも、分割協議をする際に相続人が分割禁止の遺言を承知していることに何程の意味があるかが問題である。

「被相続人が或る特定の相続人の利益の為に禁止した場合には……その本人の承知があれば分割は出来る」と講学上説かれるが、現実問題としてそれが果してどのような場合を指すのか、一寸理解し難いところであるが、自然人が或る利益を所持している場合に、それを放棄する契約をする以上は、自分の利益の存在を知つた上でなければ、その放棄は無意味であることは理解できる。

しかし、相続の場合には稍々趣を異にするのである。というのは、仮りに遺言の存在を知らなくても法定相続分が自己に存することは承知しているはずである。この点は後に又詳論するところであるが、分割協議書において自己の取得を零として承知した相続人は、たとえ遺言を知らなくても、少くとも自己の法定相続分を放棄する意思を有していたことに間違いはないのである。分割禁止の場合は分割が禁止されている以上相続人の相続分は原則として法定相続分に等しい場合が多いから、禁止遺言を知つていようといまいと放棄する相続財産は相等しいことになるのが普通であろう。とすれば、禁止遺言を知らずして協議して相続分を放棄した相続人の協議をこれを無効とせず、有効と解しても、当該相続人(一審原告)には少しも不利益を与えたことにはならない。分割協議が嫌なら拒絶すれば良し、自己に分配がない協議書ならば相続分を寄越せと主張して、その協議書への押印を拒絶すれば良いのである。

ここに至つて、禁止遺言を知らざるが故に分割協議を無効とする理由には何等合理的理由の存しないことを知ることを得よう。

以下、前述した上告人の主張につき詳論する。

三 原判決は「遺言により分割を禁止しているとはいえ、その禁止の趣旨が相続人の利益のためであれば、関係相続人間において、遺言の存在を前提に分割協議を有効になしうると解されるところ、乙第二号証の存在に成立に争いのない乙第一三号証、原審における一審被告カヅ、原審及び当審における一審被告絢子、一審原告(一部)各本人尋問の結果によると、相続人全員が乙第二号証を承認し、相続人間で乙第二号証どおりの分割協議が整つたが、右協議は本件公正証書遺言を前提とするものではなく、純然たる遺産分割の協議であり、一審原告は本件公正証書の存在も知らされていなかつたことが認められるので、乙第二号証による遺産分割の協議は効力を生ずるに由ないものといわねばならない。」と述べ分割協議は効力を生じないとした。

四 しかし、原判決の論理は、その前提において独断に陥つており、我々一般社会人が分割協議をいかなる場合になし、かつどのような場合にその効力が法的問題として裁判になるかにつき根本的認識を欠如するものであり、著しく現実離れした観念裡の空論に外ならず現実的な基盤を有さないものである。原判決の論理によれば、遺言の存在さえ前提にすれば恣意的な分割協議すら有効になしえ、逆に前提にしなければいかに正当な内容を有する分割協議であつても効力は生じない結果となる。この結果が不当なことは言うまでもない。

すなわち吾々の経験則と常識からすれば、分割禁止の遺言の存在を知つていたならば、余程の事情がない限り分割協議を期限まで待つであろう。つまり禁止期間内は分割協議を遠慮するのが吾人の常識というべきものである。従つて分割協議の合意を相続人が実施するのは、大部分の場合、禁止遺言を知らない場合であろう。それにもかかわらず、本件の如く禁止遺言の存在を知らず又その消滅を信じた相続人の分割協議の合意が原判決のいうように当然に無効というならば、世の中の分割協議は、禁止遺言が存する限り凡てその効力を否定されるであろう。このような結果を生ずる解釈は著しく経験則に反するし、又共同所有関係のすみやかな解体を欲している民法の精神にも反するであろう。

本件遺言の分割禁止の趣旨が「被相続人がある相続人の利益のために、或は全相続人の利益のためにのみ分割を禁じ、合意による分割を全く妨げる意思のない場合」には、禁止期間内の分割協議は有効になし得るはずである。それは前以て禁止遺言を知つていなくても、又後になつて発見された遺言の禁止趣旨を検討して決定しても良いはずである。相続人等の利益の為ではなくて、被相続人が相続人の意思とは全く無関係に全相続人の負担として分割を禁ずる場合がある。例えば美術品のコレクションが散逸することを防止したいと欲する場合における分割の効力が問題となる。

更に又分割禁止の前提となつた事実関係の変遷が被相続人が分割禁止によつて欲した利益の性質との関係で、その実現を不可能にしている場合には期間内といえども各共同相続人は分割をなし得ると解すべきであろう。

以上のように考えてゆけば、分割禁止期間内になされた分割協議の効力を判断するに当つては、原判決がとる論理の如く、公正証書遺言の知、不知を前提に分割禁止期間内になされた分割協議の効力を論ずるのは誤りであつて、現になされた分割協議が遺言の趣旨に違反しているか否かという点のみが最大で唯一の問題になるのである。

ところで、遺言によつて遺産分割の禁止をする目的は多種多様であり一義的には認定しえないものである。従つて、裁判上に現われた具体的証拠に照らし、遺言による分割禁止の趣旨を認定すべきなのである。

五 ところで、本件は遺言の趣旨が相続人の利益のために分割を禁止したものである(本件の場合は、遺言者は一審被告天本カヅ、同天本愛晃、同田中九王、同天本祐世、一審原告天本和宏に遺贈し、受遺者らは、右相続財産を分配せずしてこれを資金とし製薬並びにこれが販売を目的とする有限会社を設立し円満に協力運営せられたしというのであるから相続人らの利益のために禁止したものである。)ときにあたるから相続人らの合意があればそれに基づく分割協議は有効である(注釈民法(25)相続(2)二九八頁、上田徹一郎・家族法大系相続(2)五〇頁)。この場合、分割禁止遺言の知、不知とは全く関係なしに分割協議は有効となる。

分割禁止というのは、一定の期間「共同所有にしておけ」ということである(中川編注釈相続法(上)二〇二頁)。すなわち、分割を一定期間延期することに外ならない。

従つて、この禁止期間中相続人らは、現実に個別的に相続財産を取得できないという意味においては、法定相続分と観念的には同一の抽象的持分を有しているに過ぎない。これは、遺言がない場合の相続人らの有する法定相続分と同列に考えることができる。法定相続分に反する分割協議が有効であることに異論はないが、この場合と本件の場合とは抽象的な持分を有するに過ぎない相続人らが、合意のうえで分割協議している点においては何ら差がない。従つて、遺言の知、不知と無関係に分割協議することが出来、その分割協議は有効である。

むろん、遺言者の意思は尊重されなければならないが、遺言は、法定相続分の変更、相続財産中の特定財産の特定人への帰属等、多様な内容を含む被相続人の最終的財産処分の意思の表現なのである。その中にあつて分割禁止というのは単に分割を一時延期するに過ぎず、遺言により永久に分割禁止を定めても、法の規定により五年に短縮される程度のものであるから、全相続人がその全員の意思によつて遺言により延期された禁止期間を短縮したとしても、遺言者の意思を無視したことにはならない。

六 ところで、民法は、共同所有関係のすみやかな解体を欲しており、遺産分割禁止は、分割を前提として一時的に分割延期をみとめた制度であるから、ひろく分割を認めるべきである(家族法大系(旧)相続(2)上田徹一郎有斐閣五一頁)。従つて、前述の通り相続人が分割禁止の遺言を仮りに知らずに分割協議をなした場合と雖も、その遺言の分割禁止の趣旨に照らしてその禁止期間内の分割協議の効力を判断す可きであるのだから相続人が分割協議当時遺言の存在を知つていたか否かによつて協議の効力を左右させた原判決は明らかに法令の解釈を誤つた違法を犯している。

そもそも分割禁止遺言に反して期間内になされた分割の効力については、さきの家族法大系が論じるように原判決判示の如く、遺言の存在の知、不知によつて分割の効力を左右させることを論じた論文や判例は見当らない。確かに分割禁止の遺言を知つて協議する場合と、知らずして協議する場合とがあり得ることに間違いはないが、その分割協議が全員の合意に基いて成立している限り仮りに知らずして協議が成立していても協議ののちに発見された遺言の分割禁止の趣旨が相続人の利益に関するものである限りは、この協議は有効と解されてしかるべきである。

実際問題としても、分割禁止の遺言の存在を知つていたら相続人はその禁止期間は分割協議しないのが普通であろうから、相続人等が分割協議するのは寧ろ、禁止遺言の存在を知らないか又は本件の如く、禁止遺言は変更されて失効したと信じている場合が多いのではあるまいか。原判決の如く言うならば、一般の場合は凡て分割協議は無効となるわけだが、それでは、「民法は共同所有関係のすみやかな解体を欲しており、また遺産分割禁止は分割を前提として、一時的に分割延期(分割禁止ではない――代理人註)をみとめる制度である」(前掲家族法大系五一頁)ということに逆行し、遺言による分割禁止を余りに強く、相続人間の合意を余りに弱く見過ぎる過りを犯しているといわざるを得ない。

従つて、原審判決は民法九〇七条、九〇八条の解釈適用を誤り、著しく経験則に反した違法があり、これらは原判決の結果に影響を及ぼすことは明らかであるから、原審判決は破棄を免れない。

第二点 原判決には審理不尽若しくは釈明権の行使を怠つた違法がある。

一 原判決の論理は、分割協議という法律行為は有効に成立したが、一審原告が分割禁止遺言を知らなかつたから、右分割協議は無効であるというにある。しかし、法律行為が有効に成立した以上その法律効果が発生せず、当然無効となるのは、不能なことを目的とする行為、強行法規に反する行為、公序良俗に違反する行為のみである。

本件分割協議の内容は右いずれにも該当せず、従つて、当然に無効とはなりえない。本件においては、一審原告の錯誤による無効か詐欺による取消の主張、立証があつて始めて有効か無効かをいえるに過ぎない。

二 しかるに、一審原告は、分割協議に押印したことはない印影は偽造されたものと主張するのみで、錯誤による無効ないし詐欺による取消の主張をしていない。従つて、原判決が分割協議の成立を認めながら、一審原告は分割禁止遺言を知らなかつたから当然無効と判断したのは、審理不尽若しくは釈明権の行使を怠つた違法がある。

第三点 原判決には、審理不尽若しくは理由不備の違法がある。

一 原判決の述べるとおり一審原告は、分割禁止遺言の存在を知らなかつたから分割協議は効力を生じないとしても、分割禁止期間を経過すれば分割禁止遺言の知、不知に拘りなく、分割禁止は解除されて、いつでも分割しうる状態になる。

分割禁止は一定期間共同所有の状態におくべしという意味であるから、禁止期間が経過すれば、相続人間において自由に分割協議をすることができるのは当然のことであり、このときは分割禁止の遺言を相続人らが知つているか否かは全く関係ない。では、禁止期間中になされた分割協議が禁止期間中は効力を生じないとしても、禁止期間経過後において相続人間で改めて分割協議をしなくても、禁止期間中になされた分割協議がそのまま有効となるであろうか。

この場合には、改めて分割協議をするまでもなく、分割協議は効力を生じるというべきである。本件における分割禁止遺言には期間の定めがない(甲第一号証)から五年を限度として有効となる(民法九〇八条。家事審判法講座第二巻五九頁)。従つて、天本美徳が死亡した昭和三九年一〇月二七日から五年を経過した日すなわち同四四年一〇月二八日以降は分割禁止が解除されるから、分割禁止遺言はなきに等しくなり、昭和四〇年七月一二日になされた分割協議は同四四年一〇月二八日を経過した日以降においては、分割禁止遺言の知、不知に関係なく効力を生じる。すなわち、分割禁止期間中になされた分割協議の効力が遺言の知、不知によつて左右されると考えても、知不知によつて公序良俗違反の行為の如く絶対に無効となるとは言えない。分割の禁止が単なる期間の一時的延長にすぎないことから禁止期間中は不知という主観的事由が効力発生の障害になつているにすぎない。禁止期間が経過すれば、一時的に延期された障害は除去される。このように考えることが共有関係のすみやかな解消をめざしている民法の趣旨に合致するというべきである。従つて、分割禁止期間中に相続人らが分割協議をしたが、そのときは分割協議が効力を生じないとしても、相続人間においては、禁止期間をすぎれば、当然に有効になるものと解釈すべきである。

二 ちなみに、東高判昭和五〇・四・二四判例時報七八四号六六頁は、遺産分割禁止期間中に包括受遺者がその遺産取得分について訴取下をなし、その後右禁止期間が終了したときの右訴取下の効力につき「取下書の提出は遺産分割禁止の制約中であるが、その後右制約の解けた今日においては、取下は有効となつたものと解すべきである。」と述べている。

右判例は、分割禁止期間中になされた行為の禁止期間を経過したのちの効力を論じている点においては全く同じである。従つて、禁止期間中の分割協議が遺言不知のために仮りに効力なしとしても、右禁止期間経過後は効力を生じ、有効となることは当代理人の独断でないことが分ると思う。

三 よつて、原判決が、分割禁止期間を経過したのちの分割協議の効力について判断していないのは審理不尽若しくは理由不備の違法がある。

第四点 原判決は民事訴訟法三九五条一項六号に反し、判決に理由を付せず又は理由不備の違法があり到底破棄を免れないものである。

一 原判決は、遺言の存在を前提に分割協議を有効になしうると解しているが、そう解する根拠については全く述べていない。当事者が自分の意思に基き署名又は記名押印して成立した文書が効力を生じないという為には、内容が公序良俗に反するか又は記名押印した本人が錯誤による無効、詐欺強迫による取消を求めた場合に限る可きである。

右の如く当然無効と解するのであれば、そこに何等かの法的根拠を明示すべきである。

二 しかるに、原判決はその根拠を何ら示すことなく、遺言の存在を前提に分割協議を有効になしうると解されるところ、一審原告は本件公正証書遺言の存在を知らなかつたから分割協議は効力を生ずるに由ないと述べるのみであるから、原判決には理由不備の違法があり、破棄を免れないというべきである。一体に或る自然人の意思表示の法律効果の発生の有無を論ずるにあたつて、法律効果の発生の有無が或事実を表意者が知つているか否かにかからしめるということは主観的事情にかからしめるという意味で法律状態を誠に不安定におくということになる。若しこのように解するとすれば、それなりの理由を示す可きであろう。

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